虚構侵蝕の事例:アニメ
ここでは観測者たちが遭遇した虚構侵蝕の事例を、書き込みをした本人の視点を通して追体験してもらう。
ひとつの物語として楽しんでもよいし、観測者のロールプレイやセッション進行の参考としても役立つだろう。もし、あなたがGMで、これら事例の内容をシナリオネタとしてそのまま使用する場合は、ネタバレを避けるためにも、参加プレイヤーにこのページを読んだことがあるか確認しておくとよいだろう。逆にあえて読んでもらってからシナリオをプレイする方法もある。元ネタが同じ虚構侵蝕であっても虚構核が違えば同じ展開や結末になるとは限らないからだ。
その性質を使い、これらの事例を先輩観測者の体験談のひとつとして扱えば、思い込みを利用した誘導、例えば敵味方の入れ替えや実は書き込みした本人こそが虚構核だったなどの、アッと驚く展開にも導けるかもしれない。
もちろん、ゲーム内でVちゃんねる内の書き込みとして、まったく関係ないシナリオの観測者に与えるヒントとして流用しても構わないし、GMの用意するシナリオに登場させるNPC観測者の過去の逸話やキャラクター設定として使用しても問題はない。自由な発想で利用してほしい。
Case 1:変わりゆく魔法少女
- 魔法少女に憧れがなかったといえば嘘になります。でも、今はとても後悔してます。あたしってほんとバカ。年代によって魔法少女の概念が違うこと、すっかり忘れてました。今、あたしは港の倉庫でコンテナの陰に隠れながらこのテキストを打ち込んでいます。途中で更新が途切れたら、そういうことだと思ってください。
- 昔の魔法少女って言葉の通り、魔法の国から人間界に来た少女だったと思うんですよ。プリンセスになる修行のためとか魔法の国の掟とかで。それが段々、魔法の国から来たお供に魔法のアイテムを与えられた人間界の女の子が魔法少女になって、今もその流れがあるわけなんです。魔法の使い道も変わりました。昔は魔法の力で人を助けたり、大人になったり、衣装を変えたり、職業体験したりと平和なものだったはずです。それが「女の子だって戦いたい」って言い始めてから、魔法の力は何かを倒すための力になっていきました。もちろん妖魔とか悪魔と戦ってるうちはよかったんですよ。かっこいい~って素直に喜べましたから。でも、ほら、最近は魔法少女同士で戦ったりするじゃないですか。こうなってくるともう、魔法少女怖いってなりますよね。
- ここからはあたしの話なんですが。あたし、魔法少女デビューしちゃいまして。それから街中で別の魔法少女を見つけて、やったーお仲間だーって駆け寄っていったんです……そして今の状況になってます。完全に騙されました。
- 黒幕はあいつです。魔法の変身アイテムを配っていたあの男。思い返すと、虚構侵蝕が始まる前は、どこにもそんな男いませんでしたからね。アイツ、絶対なんかの化身ですよ。例えば、わっ、見つかった! え、書いてる間に逃げろって? ごもっとも!
Case 2:ゆるゆるキャンプ△
- 待たせたな。それじゃ今晩は俺が経験した虚構侵蝕について語るとしよう。それは俺が富士五湖にあるキャンプ場のひとつで寝泊まりしている時のことだった。湖の水面が少しだけ揺れたんだ。それ以外は何も変化がないように思えたが、俺には分かった。何がって? もちろん、世界の歪み、虚構侵蝕の始まりさ。
- まず俺は周囲を警戒した。自然豊かなキャンプ場だ。こういう場所ではよくホラーテイストの虚構侵蝕が起こる。どこに殺人鬼や幽霊あるいは動物が潜んでいるか分からない。巨大化しているか狂暴化しているか。キャンプ場はヤツらの絶好の狩場だろう。しかし……何も起きない。変化といえば、どこかからカレーの香りが漂ってきただけだ。俺は香りのほうに行ってみた。するとそこでは女子高生が1人でカレー味のカップラーメンを啜っていたんだ。ほかに人間の姿はない。
- こんな場所で女子高生がソロキャンプだと? だから俺はおせっかいにも警告してやったのさ。危ないからさっさと帰れとな。しかし彼女は姉が迎えに来ないと帰れないという。なんてこった。足手まといを抱えつつ、危険な夜を過ごさねばならないとは。困っていると女子高生は俺にもラーメンを勧めてきた。俺の声が友達のお爺さんの声に似ているから親近感が沸いたらしい。もっと警戒しろよ女子高生。ともあれ俺たちは雑談をしながら無事に朝を迎えた。俺の従軍経験や星にまつわる思い出、彼女の友人の話なんかをしながら過ごしたらあっという間だった。女子高生も姉に連れられて帰宅。気づけば虚構侵蝕も解除されている。そう、事件は何も起きなかった。あれは女子高生がひとりでキャンプしても何も起きない、それだけの世界だったのさ。だったら何かうまいものでも作ってやればよかったな。
Case 3:逃げちゃだめですか?
- 父さん! 話を聞いてよ父さん! 僕、この展開知ってるよ! 20年以上も続いていた有名な作品の虚構侵蝕なんでしょ! ねえ、答えてよ父さん! 父さんが僕をこの町に呼び出した途端、世界の景色が変わったよね!? ここは東京じゃないのに三番目の東京ってことになったよね!? 僕を迎えに来たお姉さんも何かで観たことある人だよ!? もしかして乗らなければ帰れってセリフを言いたかっただけじゃないの父さん! もちろん乗らないし帰るよ、父さん!
- ちょっと待って。もしかして父さん、本気だったりするの? 虚構侵蝕の影響で登場人物になり切ってるわけじゃなくて、本気で僕をこの汎用人型決戦兵器に乗せたいと思ってる? 待って、冷静になって父さん。子どもに頼る前にまず大人として説明責任を果たそう。あっ、本当に敵は来るんだ? で、この汎用人型決戦兵器には大人が乗れないと。あー、父さん、悔しそうだね。本当は乗りたかったんだ。そうだよね。父さん、この作品好きだったもんね。だから、せめて父親役をやろうって思ったんだね。
- そっかー……周りのみなさん、お付き合いありがとうございました。じゃあ、うん、まあ、はい。とりあえず虚構核の手がかりを探そうね、父さん。
- ……という感じのやり取りがあったのが1時間前。これから僕は汎用人型決戦兵器に乗せられます。敵、もう来ちゃったんで。とりあえず撃退しないと調査が妨害されますし。なので僕が暫定パイロットです。
- でも、いいんですかね。みんなの憧れの機体に僕みたいのが乗っちゃって。まあ、父さんたちも基地で楽しそうにセリフを暗唱してたし、いいのかな。さて。それじゃ、とりあえず敵の前歯、全部折ってやりますか。
Case 4:昔も今も変わりなく
- 日本で一番有名な話は何かと考えた時、やはり昔話系が強いという結論に至りました。何代にもわたり語り継がれているため、年代問わず広く周知されていますし、モノによっては繰り返しアニメ化もされているでしょう。地域や年代によって細部は異なるかもしれませんが、物語の筋もおおむね同じはずです。
- そもそもかつての虚構侵蝕は、神話や伝承がベースになっていました。相性がいいのは当然といえます。
- それゆえに、昔話、童話系の虚構侵蝕が発生した時の虚構核の特定は困難。虚構侵蝕が映し出す世界が時代の影響を受けるというのは、虚構が虚構核の知識や想像力の範囲で再現されることが多いからでしょう。例外は当然あるとして、若者が虚構核なら題材となった作品に最新作が選ばれやすく、老人や古い建築物が虚構核なら思い出の作品が虚構侵蝕の題材として選ばれやすいというわけです。つまり、そこから虚構核を推理することができました。しかし昔話ではそうはいきません。繰り返しますが、昔話、童話系は歴史も長く、年代問わず広く周知されています。私たち観測者からすれば、推理の手がかりがひとつ少なくなるようなものでしょう。それこそ、幼児から老人まで、絵本から古文書まで疑わなくてはいけなくなります。昔話は登場人物に擬人化された動物も多いでしょうから、動物が自らを主人公とする世界を構築した可能性も疑わなければなりません。
- 現在、私の周囲で起きている虚構侵蝕は、どうやら雪女の出てくる物語が題材のようです。しかも氷漬けの被害者は男性だけのよう。ふむ、では被害者の身辺を洗ってみましょうか。雪女といえば約束がキーワードです。被害者たちの共通点からであればヒントを見つけられるかもしれません。
Case 5:動物たちの楽園
- どう説明していいのか分からないんですけど、気がつくと周りの人たちが動物になっていたんです。いや、二足歩行で人間の言葉も喋ってるし、服も着てるから、たぶん動物ではないんでしょうけど。でもやっぱり顔や手足は動物なんですよ。お友達のリンコちゃんなんか、もう完全にウマだったし。なんで? 足が速いから? ウマって今はもうちょっと可愛くなるもんじゃないの? あ、体育のゴリ先生はやっぱゴリラだったわ。そこはイメージ通り。でも、誰も変だなんて言い出さない。驚きすぎて無表情になってた私のほうが心配されたくらい。途中で、あー、これがアニキが騒いでた虚構侵蝕かーって気がついたんですけどね。
- で、まあ、そういう現象なんだとしたら、私にはどうしようもないし、嵐が過ぎ去るのを待つしかないかーって思ってたんですけど、なんか授業もおかしくなってたんですよ。昔は肉食動物が草食動物を襲って食べていたとか、草食動物の権利が今はどうとか。授業を聞いて分かったのは、どうやらここは「人間がいなくて動物が高度な文明を築いた世界」みたいなんです。曰く、職業選択の自由はあるけど、肉食動物と草食動物では得意分野が違うから、自分の種族に合った仕事を見つけると幸せになりやすいかもね、だって。
- えっ、私、みんなからは草食獣に見えてるの? は? 私、肉食系ですけど? ふくし? の大学? に通ってるんですけど? そんな反応をしたら、みんなに哀れみの視線を向けられちゃった。ちょっとちょっと。差別はよくないよ! ウサギはニンジン作りをするのが幸せ、なんて誰が決めたの! こうなったらもう嵐が過ぎ去るのを待つなんて言ってられない。世界をこんなふうにした原因を突き止めなきゃ!
Case 6:箱庭世界のサクリファイス
- フゥーハハハハハ! このマッドネスな天才大学生である俺様に不可能はない!
- ……みたいなキャラをゼミの連中に求められてるんだが、どうしたらいいんだろうね。困ったことにゼミの研究テーマもタイムマシンの開発みたいなことになってて、しかもなんかもうすぐ完成しそうなのよね。まじかー。タイムリープできちゃうのかー。
- いや、ほら、さすがに有名な作品だからね。元ネタはもう分かってんのよ。最近はアニメの虚構侵蝕の体験談も増えてきてるから、それについてはいよいよ来たかってくらいの感想なんだけどさ。でもこれタイムマシン完成したら、大変なことになるヤツじゃん? ゼミにいるメガネの女子が閃光の指先でどこかにメール送ってんのも見えてるのよね。しかもガラケー。
- だったらさっさと虚構を消す努力をしろっていう意見も分かる。すごくよく分かる。でもなー、俺のいる環境がさー、なんか捨てがたいのよねー。留学生のツンデレ女子と喧嘩するの楽しいし、おっとり女子は懐いてくれるし、メイド服の陽キャギャルは厨二病全開で付き合ってくれるしさ。あとゼミの男友達がめっちゃ美人になってた(だが、男だ)。パソコン好きの親友はちょっと太ったくらいだったかな。ともあれね、彼女たちとはリアルじゃひとつも会話なんてなかったのよ。だからまー、なんてゆーの。タイムマシンは完成させないけど、こういう時間は長く続けていきたい、っつーかね。
- あ、ダメ? やっぱり? うらやま死? いえーい。
- で、本題なんだけどさ。このタイムマシンどうしたらいいと思う?
Case 7:キラーおでん
- ある町の発明家がウナギと犬をかけ合わせた超生物の合成に成功したと聞いた。すばらしい。これぞまさに虚構侵蝕がもたらす恩恵。科学技術は虚構の中でこそ、さらなる発展を遂げる。そしてその技術を現実に持ち込めれば、人類はさらに上位のステージに立つことができるのだ。
- ちなみに私の研究テーマは、おでんに生命を与えることだ。加工食品から生命への逆転。これが可能になった時、人々はそこに神の姿を見るだろう。研究生時代、極貧にあえいでいた私を支えてくれたおでん。ついにお前たちにあの時の恩返しするときが来たのだ。
- 研究の完成は近い。問題は、私の研究を妨害する六つ子の存在だが、天才たる私に抜かりはない。対策は取ってある。それが広域洗脳装置。ひとりでも捕らえて洗脳することができれば、六つ子の共鳴を利用して、同質の存在をまとめて洗脳することができるという優れモノだ。すでに我が配下の女エージェントが奴らのひとりを誑かし、研究所まで拉致してくる手筈になっている。フハハ、もはや我が覇道を阻むものはない。
- むっ、貴様はフランス帰りのイヤミな超科学者! 何!? 女エージェントが裏切っただと!? あり得ん、奴には十分な報酬を与えていたはずだ。なんだと、私に手を貸すというのか!? そうか、貴様の超科学と私の試作生命軍団を掛け合わせれば最強の生物兵器が生まれるというのだな。いいだろう。貴様の力を借りれば洗脳装置などなくとも六つ子の命は風前の灯。
- おい待て。生物兵器たちが暴走しているぞ!? 人食いおでんとはなんだ!? き、貴様、私の可愛いおでんたちにいったい何を……ぐわああああ!!
Case 8:しまったコラボだ
- 俺が巻き込まれたのは、世界的に有名な怪盗の三代目が活躍する世界だと思っていたんだ。赤いジャケットだったから、たぶん2ndシリーズだろう。猛スピードで目の前を通り過ぎるクリームイエローのフィアット500。その車からまき散らされる大量の一万円札。道路にはお金を拾おうとする群衆が集まって、パトカーは大渋滞さ。見事に逃げ切るもんだと感心したよ。
- そんな彼らが俺に協力を求めてきたのが先日のことだった。どうやら彼らの次のターゲットは、博物館に展示される予定の日本刀らしい。刀職人の子孫が教えてくれたらしいが、その刀は世に出してはいけない妖刀なんだとか。それで正式に展示される前に、そいつが本物かどうか俺に確かめてほしいという。
- なるほど、刀剣コレクターとしての俺の目利きが期待されたってわけか。確かに俺は別の虚構侵蝕で手に入れたアーティファクトだって所持しているし、本物と偽物を見分ける鑑定の技術だってある。仕事をするならぜひとも組みたい相手かもしれない。
- だが、聞けば聞くほどこれからやろうとしていることは犯罪だ。常識は受けるべきじゃないと告げている。しかし、な。コレクターとしては妖刀を見てみたいという欲求を抑えがたい。俺が直接盗むわけではないし、有名人を近くで見たいというミーハー心もある。
- で、結局、依頼を受けてしまったわけだ。というわけで、さっそく博物館に下見に出かけたんだが……あの急に「あれれー?」とか言い出すメガネのガキはなんだ? 小学生のわりに妙に聡いし、俺の動きをいちいちチェックしてくるし。ん、待て。こいつは……しまったコラボか! 人気作品はこれだから!
Case 9:繰り返される1日
- やれやれ、困ったことになったのう。わしゃ、ただの学校の用務員なんじゃが、どうやら文化祭前日の学校に閉じ込められてしまったらしい。物理的にというわけではないぞ。朝が来ると、同じ日に戻されてしまっておるんじゃ。
- 前に虚構侵蝕に触れてからずいぶん時間も経ったから、もう二度とあんな目には合わんじゃろうと思っておったが、まさかこの歳になってまた体験することになろうとはの。
- ほれ、新米ども。狼狽えるでない。これはおそらくアニメの虚構侵蝕じゃ。何の説明もなく空を飛んでいる娘がおるなら、そういうことじゃろ。初見の多い実写映画では説明なしにそういうお約束キャラを出すことのは難しいからの。そうじゃ、よう分かっておるな。見つけるべきは虚構核。しかし、虚構が生まれる背景をないがしろにしては虚構解除の方法を誤ることもある。重要なのは現実での出来事じゃ。直前に何があったのか、虚構侵蝕を生み出すきっかけとなる出来事、モノ、人。あるいはこの地域の特性も何か影響しとるかもしれん。必ず兆候はあるはずじゃ。まずはそれらをきっちり見つけて精査することじゃよ。もちろん、元ネタと虚構核の関連を見出すためにも、虚構世界での出来事や人の言動に注意を払うべきじゃ。虚構核は虚構にも現実にも存在するもの。それは実写映画だろうとアニメだろうと変わらぬ法則じゃからな。
- ん、わしが誰かじゃとか? わしはただの老いぼれじゃよ。ただ、この時代、この地域で、虚構侵蝕を経験しておる老いぼれとなれば、つまりあの虚構侵蝕の体験者ということで……ほっほっほ、これ以上は老人の戯言じゃな。
Case 10:やっぱ黒の剣士かな
- 自分は思わないんだけど周りには黒の剣士に似てるってよく言われるよ。こないだDQNに絡まれた時も、気がついたら意識なくて周りに人が血だらけで倒れてたしな。一応オタクだけど彼女いるし、俺って退けない性格だし、そこら辺とかがめっちゃ似てるって言われる。握力も31キロあってクラスの女子にたかられる←彼女いるからやめろ!笑
- もちろんMMOの世界にも閉じ込められた。これで何回目だったかな。企業から依頼されて自分からゲームみたいな虚構侵蝕を解決しにいったこともあるよ。
- ファンタジーもの、最近はやってるじゃない。だからその辺の勘所っていうのかな、何をすれば解決できるかってのも俺には分かるわけ。虚構侵蝕の中ではチートスキルも使えるから現実より戦うの楽だしね。
- 装備では片手剣と黒いコートが気に入ってる。片手剣の二刀流。俺が戦う姿を見せてからは、なんか周りにも二刀流するヤツ増えたよね。技術がないと危ないからできれば止めたいんだけどさ。
- そういえばこの間、何かのファンタジー世界、たぶん異世界転生系の虚構侵蝕だと思うんだけど。それに巻き込まれた時、敵にも片手剣二刀流のヤツがいたんだよ。しかも黒コートで。そしたらそいつ、俺の顔を見て「あれ、もしかして?」なんて言い出した。「君も真似してるの?」だって。関係ねーし。真似じゃなくて、戦闘スタイルの最適解をとったらこうなっただけだし。
- そこから先のことはよく覚えてないな。その世界には俺のコピーみたいなヤツがいっぱいいたみたいけど、無意識で全滅させたかもしれない。姿ばっかり似せても意味なくて、結局、最後は腕の差になるんだよね。
Case 11:職場の彼と栗まんじゅう
- 私の彼、栗まんじゅうが大好物なんですよ。そう言ってるのを彼が職場の同僚に話しているのを聞いたことがあって。唯一の欠点は食べたらなくなることらしいです。子どもみたいで可愛いでしょう? だから、彼にお腹いっぱい食べてもらおうと思って、居候してる友人にお願いしてみたんです。その居候、ちょっと前からうちにいるんですけど、こういう相談のたびにいろんな道具を貸してくれて、すごく便利なんですよ。その日も振りかけると1分で2倍になる便利な薬を貸してくれて。さっそく栗まんじゅうを2倍にして、彼に持っていってあげたんです。そしたら彼、なんて言ったと思います? 「君、誰だっけ?」ですよ。ひどいと思いません? 話も全然かみ合わないし、ついには馴れ馴れしい職場の女が彼をどこにか連れて行ってしまうし。私、悔しくなって用意した栗まんじゅうを彼の職場のゴミ箱に捨てて帰りました。考えてみたら2倍にしたからなんだっていうんですか。それで彼の愛が深まるとでも? あの居候は何も分かってない。もっと便利な道具も持っているはずなのに、そっちじゃなくてこんな道具を貸して寄こすなんて。私のこと本気で心配していない証拠です。とっちめてやらなきゃ。
- でも、家に帰ったら彼から電話がかかってきていました。私、きっと謝ってくれるんだと思って電話をかけなおしたんです。でも違いました。第一声が「君の連絡先を総務から聞いた。君の持ってきた栗まんじゅうで会社が大変なことになってる」ですよ。悲しすぎます。誰も私のことなんて心配してくれない。私はひとり静かに泣くことにしました。でも外からは消防と救急と警察のサイレンの音がやかましく聞こえてきます。うるさい。うるさい。なんだっていうのよ、まったく。もう滅べよ世界。