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西暦2000年、ひとりの天才によって創られたソーシャルプラットフォーム“VER-TH”。
それを運営するためだけに作られた同名の企業は、VER-THの機能拡張とユーザー増加に伴い、世界最大の企業へと成長していった。
国連加盟国の90%に大小の支社を持ち、多額の納税や献金によって政治への影響力も強いため、もはや世界の経済的支配者と呼んでも過言ではない。
それらの快進撃は、創立時と変わらず、ひとりの男の独断によって行なわれていた。
“預言者”と呼ばれた天才、VER-TH社長“松田論”によって。
松田の判断は常に未来を見据えていた。
正確には見据えていたではなく、見えていたと言ったほうがよいかもしれない。
インターネットの爆発的普及、通販シェアの拡大、配送分野におけるドローン運用の効率化、VRによる新しいエンターテイメント、映像エンターテイメントの普及、AIのブレイクスルー……それらは、のちの時代から見ると原因を説明できる技術的、文化的革新であるが、VER-THはそれを人々が認識し始める5~10年前から計画し、技術の許す限り完全な形で提供してみせた。
その結果、経済やテクノロジーの専門家たちは松田を預言者と呼びはじめ、やがて世間もそう呼ぶようになった。
そんなVER-THが現在取り組んでいるプロジェクトは、宇宙に関するものや、アーコロジーを使った集団生活モデルの構築で、このことから予測される次の技術的革新は、有人惑星探査や宇宙移民なのではないかと噂されている。
VER-THと虚構侵蝕には深い縁があり、そもそもの噂の発祥がVER-THツールのひとつ“Vちゃんねる”であり、VRツールが起こした社会現象(現在では沈静化している)にもその名が使われている。
現在でもVちゃんねる内のアバ板と呼ばれる都市伝説スレッドで定期的に話題に上り、真偽はともかく楽しまれている。
しかし、このような表向きのかかわり以外にも、VER-THと虚構侵蝕には大きな関係性が存在する。
社内では掲示板の噂に過ぎない虚構侵蝕を専門に扱う“虚構侵蝕対策部”というものが存在し、日々真剣にその存在についての検証と、アバ板からの情報収集を行っている。
社長直轄のこの部署は社内でも異端視され、ゴーストバスターズ(存在しないものと向き合っているの意)と揶揄されることもある。
一説には問題を起こした社員の体のいい隔離場所であるとも言われ、部署内でも虚構侵蝕を信じている者はいないのではないかと言われている。
だとしても、松田が直接設立し、指示を出す部署であるため、何らかの隠された目的が存在するだろうという噂もある。
企業、そしてプラットフォームと同名を冠する、VRツール“VER-TH”。
その開発チームは技術力もさることながら、幅広い想像力を持っていることで高く評価されている。
ツール自体は松田が開発し運用を始めたものだが、本社ビルが建設された2003年以降のチームメンバーは一流のプログラマー、映像関係の名だたるクリエイターで固められている。
その中でサブチーフだけは実績のない、業界において全く無名な人物であった。
だが、映画をベースにしたVRワールドのイメージのほとんどは、このサブチーフが提案したものだった。
まるで見てきたように、詳細に架空の映画世界のイメージをスタッフに伝え、制作させた。
映画では1シーンしか描かれなかった背景、本番では使われずイメージボードしか存在しない背景、たったそれだけのものから、世界全体を恐ろしいほどリアルに想像し、創造した。
そしてVER-THのVRワールドは、世界一の座を得ることになった。
このサブチーフは現在も同職を続けており、驚異的なペースで映画世界を再現し続けている。
世界に展開する複合企業であるVER-THの支社の中には、紛争地帯になっている国や治安の悪い国に存在するものもある。
そのためVER-TH全社にまたがって警備を担当する、警備部が存在する。
各国の法律に合わせた武器と、まだ市場に出ていない自社の最先端技術を使用した装備を用い、少数ながらも設立以来、各支社への損害を一切出していない精鋭部隊である。
設立直後は支社や社員に直接的、間接的問わず攻撃をしてくる者もいたが、そのことごとくが防がれ、さらにそれを機に、攻撃してきた組織がいくつか解体に追い込まれてからは、攻撃そのものがほとんど無くなった。
また、本社に配置された警備部は、武器こそ法律に基づいて貧弱ではあるものの、精鋭中の精鋭が集められており、なんらかの脅威を警戒していることがうかがえる。
まれにだが、前述の虚構侵蝕対策部の指示で出動することがある。ほとんどが何もせず帰還指示が出るため、何のための出動か警備部隊員の中でも疑問が持たれている。
埼玉県の郊外に広大な面積を持つ研究施設で、主に配送ドローンなどVER-THにおけるハード面の研究開発を行っている。
現在は宇宙分野の開発に力を入れており、マスコミにも取り上げられることが多くなったため、その存在は一般的にも広く知られるようになった。
ただし、以前から“VER-TH総合病院”と合同で開発している、身体障害者が使用できる“アシストスーツ”や、人間とそん色ない動きができる超高性能な“ハイテク義肢”は、医療業界で高く評価されており、一般レベルでの実用が待たれている。
そのため、全社の中で最も厳重な警備体制が敷かれており、本社警備部同様の精鋭が担当している。
Vちゃんねるには、その隊員の一部が開発中のアシストスーツやハイテク義肢を、実験をかねて装備しているのではないかとの書き込みが後を絶えない。
28歳という若さでVER-THラボの所長を務め、さらにはVER-THの実質的な№2と言われている。
日本で生まれた後、両親の仕事の都合で4歳からアメリカに移住。11歳でMIT(マサチューセッツ工科外大)を卒業し、21歳で博士号を取得した世界最高クラスの天才。
VER-THが誇る配送ドローンやVR機器、ハイテク義肢などに使用されている最新技術は、ほとんど彼女が独自に開発したもので、ここ7年間におけるVER-THの躍進は彼女の功績によるものが大きい。結果、社内では彼女を№2と見なす風潮が広がり、重役の中にもそれを認める者は多い。
また、まるで17歳ぐらいで時が止まったかのような若々しく整った顔立ちをしており、所員や警備部隊員の中には密かにファンクラブのようなものを作っている者たちもいる。
VER-THには情報収集専門の部門も存在する。しかしその性質上、詳細に関しては公開されていない。
この部門が収集する情報は、外部だけではなく社内にも及び、内部監査の役割も果たしている。
優秀な部門で、設立されて以来内部情報は漏洩されていない。噂ではあるが、警備部とは別系統の“その筋の専門家”も所属しているらしい。
秘密結社、国際的犯罪組織、暗殺教団、スパイ連合、武装革命集団、第四帝国、麻薬カルテル、非合法武器商人、ヴィランたち……。
映画の中ならともかく、世界の敵たり得る非合法組織など現実にどれほど存在しているだろうか。犯罪がグローバル化した現代といえど、悪の秘密結社などフィクションに過ぎないと一笑に付すかもしれない。周囲を見渡し、あり得ないと否定する者も多いだろう。
しかし、そこが虚構侵蝕がまれに起きる世界だとしたら、それでも同じように言えるだろうか。
例えば、虚構侵蝕を意図的に起こして世界征服を企もうとする者がいたとすれば……。
そのもしもを現実に行なったのが、“九龍”と呼ばれる非合法組織だ。
もちろん彼らは、表立って世界を牛耳ろうとは考えていない。フィクションの世界ですら滅多に描かれない世界征服後の悪の帝国の運営、維持など、一介の組織の手に負えるものではないのだろう。
ゆえに彼らが企むのは、取り換えのきく権力者への寄生である。それは政治家であることが多いだろうし、大企業の役員や宗教家、法曹、警察、あるいは軍人や革命家などのこともあるだろう。過去、ことあるごとに国家権力に取り締まられてきた非合法組織は、世界征服より何より、二度とそのような目に合わないよう、裏から世界を自分の都合のよいように書き換えることを望んでいるのだ。
“九龍”の前身は、チャイニーズ・マフィアの下部組織のひとつだったとも言われている。しかし、その下部組織の幹部に観測者が現れたことで、組織は大きく変貌していく。
転機はVER-THの設立だった。限定的ではあるものの、さまざまな虚構侵蝕の情報が集約するVER-THを、当時、非合法組織の幹部でもあった観測者が目にしたのだ。
実際に虚構侵蝕に遭遇し、あの壮絶な体験が自分ひとりの身に起こったものでないと知った彼は、虚構侵蝕を研究し、組織の拡大に利用できないかと考えたようだ。しかし虚構侵蝕を観測できる人間は限られており、VER-THに体験談は数あれど、すべてが自分の近くで起こるわけではない。もちろん、その発生率も限られたものだ。
しかし、その妄執から組織の中で煙たがられ始めていた彼は、そうした状況への反発からさらに執着を強め、虚構侵蝕を捕まえる準備を続けた。
そして虚構侵蝕が虚構核の消失によって消え去ること。虚構核を放置すれば、現実にも虚構の残滓が現れること。それらを突き止めた彼は、ついに意図的に虚構侵蝕を起こす方法に至り、発生後は解決を望む観測者たちの妨害を始めたのである。
虚構の残滓は、次の虚構侵蝕で新たな残滓を生み、彼はいつの間にか自分の勢力が拡大していることに気づいた。計画の正しさを実感した彼が妨害の過程で侵蝕者や現実に定着した虚構体を傘下に引き入れたことも、計画を大きく飛躍させることになったのだろう。やがて彼は、虚構の力を背景に、親組織の乗っ取りを計画、成功させる。そしてついに侵蝕者の幹部と、命令に忠実な大勢の犯罪者を部下に持つ巨大な非合法組織を完成させたのである。
その記念として彼は、すでにフィクションの中にしか存在しなかった東洋の魔窟“九龍城砦”さえも、現実に復活させたという。現実の歴史がどうであれ、虚構侵蝕を感知できない一般人にとっては、歪められた事実こそが正史。この事件はVER-THの観測者たちにとっても、“歪み”の恐ろしさを知る大きな転機となったようだ。
しかしいくら虚構の力を得ようとも、人間の寿命には限りがある。肉体の衰えを感じた彼は、幹部の侵蝕者や血族の中から、後継者候補を選出し、「組織をさらに拡大させた者に組織のすべてを譲り渡す。虚構侵蝕を意図的に起こす方法もだ」と宣言。
後継者たちの勢力争いは、“九龍城砦”を飛び出し、すでに全世界に波及することになった。
まっとうに組織を拡大させようとする幹部がいる一方、後継者たちの勢力争いのトレンドはやはり、虚構侵蝕探しだ。
“九龍”の幹部は、一発逆転を狙える虚構侵蝕の出現を待ち、情報収集のため、金と暴力を武器として、さまざまな業界に部下を潜伏させている。
虚構核を破壊しようとする観測者たちと“歪み”を大きくして虚構の残滓を現実に残そうとする“九龍”の利害は当然ながら一致しない。虚構核を壊そうと虚構体と戦う観測者たちの前に、“九龍”配下の犯罪者たちが現れ、虚構核を守る側の援軍になる可能性すらあり得るのだ。
虚構侵蝕を求める“九龍”の幹部や配下たちは、日本のさまざまな業界にも侵略を済ませている。その中でも関東圏内での活動が目立つのが、下部組織“紅龍”である。
“紅龍”の主な役割は、日本の関東圏に住む中華系民族の支援とメディアの支配だ。他国、他勢力のマフィアとの利権争いは一般的に行なわれているが、“九龍”という大きなバックがあるためか、よほどのことがない限り、大規模な抗争を仕掛けられることはあまりないらしい。
観測者たちが“紅龍”と関わるとすれば、多くは虚構核を探る段階でのメディアを使っての間接的な圧力か、虚構核を倒す際での直接的な妨害だろう。虚構核を探る中で、“虚構侵蝕(映画)”の内容とは無関係な妨害や圧力が始まった場合、“紅龍”所属の犯罪者や上層部から指示を受けたメディア関係者が関わっている可能性が高い。中には、虚構が原因で発生した武装や生物を盗み出せという指令を受けた犯罪者との間に、余計な対立構造が作られることもあるだろう。本来の虚構侵蝕では虚構世界が消えれば虚構体も消える。しかし、世界に“歪み”が残れば、それらの虚構体も虚構の残滓として手元に残る可能性がある。本家“九龍”が初期に行なっていた勢力拡大もこの手法が取られており、そうした稀少な武装や生物の捕縛をめぐって、観測者たちが“紅龍”と対立することがあるかもしれない。
“紅龍”のトップは“九龍”のボスの血縁との噂も囁かれている若き女帝“フィクサー”水月鏡花だ。彼女も幹部の例に漏れず、侵蝕者であり、“九龍”のトップの座を狙っていると言われている。しかしながら、彼女が表舞台に顔を出すことは滅多になく、“バトラー”と名づけられたイケメンの側仕えたちが、彼女に代わってさまざまな指示を出しているらしい。
一方、虚構侵蝕の正体の把握、現実に定着させるべき虚構体の選別などは彼女の得意分野であり、フィクションに関する造詣は幹部たちの中でも群を抜いているようだ。“紅龍”が、メディアおよびクリエイターの支援に力を注いでいるのも、彼女の指示だと噂されている。
なお、“紅龍”については、池袋や国際展示場“バトラー”たちが日参し、大抗争の始まりかと裏社会を騒然とさせたという事件が記憶に新しい。結局この騒動は、その場にはコスプレイヤーとカメラマンしかいなかったとの報告により沈静化したが、なぜそんな場所で“フィクサー”の側近たちが一堂に会する必要があったのかは判明しておらず、真相はいまだ闇に包まれている。
不幸にも紅龍と敵対することになった場合、観測者が最も接触する機会が多いのが、水月鏡花の代弁者として動く“バトラー”であることは言うまでもない。
年齢もさまざま、性格もさまざま、技術もさまざま。“バトラー(執事)”と呼ばれていながら女性も含まれているという、まるで共通点を感じられない“バトラー”たち。唯一、実際に相対した観測者たちが口にする「イケメンだった」という感想だけが共通のようだ。しかし、その感想は、より正確に言えば「俳優のような顔をしていた」「性格は違うが同じ顔のイケメンが何人もいた」「映画の登場人物がスクリーンから出てきたみたいだった」である。こういった事情から(真相は不明ながら)“バトラー”自体が、“九龍”お得意の、虚構の中から持ち出された“虚構の残滓”なのかもしれないと予想する者は多い。
もちろん“バトラー”の大多数は元観測者であり、全員が、映画の登場人物とまでいう者はいない。しかし、こうした事情がある限り、“バトラー”が実力でも映画の登場人物に匹敵している可能性は常に考慮しておかなければならない。
ボス、主、ご主人、お嬢さん、姫、レディ、お嬢、姉さん、マスター、司令官、団長、社長、2代目、プロデューサー、先生……。水月鏡花をそう呼ぶ“バトラー”たちの彼女に対する忠誠は盤石だ。付け込む隙があるとすれば、彼女への呼びかけ方が多様であるように、仕える理由もそれぞれ違う、というところくらいだろう。
民間軍事会社(Private military company)の顧客は、本来、国家や組織である。紛争地帯に武装した社員を派遣し、戦闘はもとより、警備、人質救出、要人の逃亡支援、兵站の準備、武器の整備、訓練等の後方支援に至るまで、傭兵以上にさまざまな業務を請け負う。それが一般的な民間軍事会社である。
そんな民間軍事会社と虚構侵蝕の接触は、民間軍事会社が対テロ戦争で急成長を遂げる2000年代のことだった。
そもそも強い想いが集積する戦場は、人類史において、宗教に続く虚構侵蝕発現の場だ。戦場ではさまざま伝説や英雄が生まれ、その偉業が偉人伝として語り継がれる。実際、過去の軍事会社の報告書の中には、戦場で人間とは思えない身体能力を見せる兵士や一騎当千の猛者を目にしたという記録が残されていたらしい。ところが、誰もがカメラを持ち、全世界に近代戦の様子を世界に配信できるようになるにつれ、戦場が担っていた夢や妄想の具現化はなりを潜めていった。戦場では、個人の偉業ではなく、最新兵器や軍事作戦が称賛を浴びるようになっていったのだ。
そうして戦場から英雄譚が消えゆく中、入れ替わるように台頭してきたのが、米国の市街地で頻発する奇妙な戦いの噂だった。
2010年代、世界1位の検索サイトとして影響力を見せ始めたVER-THの掲示板に、街でのヒーローとヴィラン、退役軍人と怪物、軍隊と異星人が戦っている様子や被害のありさまなどが、繰り返し、事細かに、複数の証言者によって記録され始めたのである。
当初はVER-THユーザーの創作だろうと気にもされていなかった書き込みだったが、社員が市街地で戦闘に巻き込まれるという事件をきっかけに、ある民間軍事会社が、調査を行なうことになった。なんらかの軍事作戦、あるいは新兵器の実験である可能性も視野に入れたのだろう。
しかし、これらは虚構侵蝕によって行なわれた戦闘。虚構侵蝕が消えれば、一般の人間には何かが起こっていたという記憶すら残らない。
壊れた場所も戦闘結果ではなく、事故や災害といったよくある理由に書き換わる。調査結果は当然のように「不審な点なし」で終わるはずだった。
このとき、調査を始めたほぼ唯一の民間軍事会社"PHALANX"の経営陣に、複数の観測者がいたことは、後世、虚構侵蝕と戦う者たちにとって、とても幸運なことだったろう。
その後のPHALANXの経営陣は、他社から見れば妄想とも取れる経営方針を打ち出すことになる。それが今でも社是として掲げられてる「世界を危機から守る」というものだ。
PHALANXは、虚構侵蝕に対抗する特殊作戦部署の新設に向けて動き出した。もともと英米の正規軍(特殊部隊)の兵士経験者を優遇して雇用していたところ、さらにその中から観測者を見出すという離れ業をやってのけたのだ。精鋭を集め、武器を揃え、いよいよ虚構侵蝕と戦う新規部署が誕生する……。
しかし事はそう簡単ではなかった。当然だが、観測者でない経営陣から猛反発を受けることになった。彼らからすれば、新部署は、いつか幽霊が現れるかもしれないから、今のうちに幽霊退治の組織を作ろう、という妄言によって予算が注ぎ込まれようとしていたのだから当然の反応だ。
結局、新設の提案はまったく合意を得られず、提案者たちは勇退を勧められ、初期チームは解散を待つばかりとなった。
ところがそんな経営陣の周囲で、突然虚構侵蝕が発生したのである。
当時の特殊作戦部署の大隊長で、後に"ストレンジテイパー(奇妙喰らいの獏)"と呼ばれる現CEO(最高経営責任者)、ロイド・モーガン元少佐は、このピンチを利用し、反対する経営陣を助けることを条件に、UST(Unidentified security threat:未確認軍事的脅威)の請負という名目で新規部署の設立を了承させたのである。
さらに2021年、米国国防総省が、飛行制限空域での未確認飛行物体の目撃情報を調査する部署を新設するに至り、モーガン少佐の先見の明が評価を受けることになる。あの事件から数年が経ち、経営陣に加わっていたモーガン少佐は、強い推薦を受ける形で、ついに“PHALANX”のCEOにまで昇りつめたのだ。
その後の“PHALANX”は、変わらず米国に本社を置き、世界各国に人員を派遣している。
その業務は多岐に渡り、日本においても、在日米軍の重要施設の警備、運営、実弾射撃演習への参加、省庁や大使館、商社の警備やボディガードを主な任務としているようだ。日本国内における武装は一般の警備会社と同程度と発表されているが、彼らの社是を考えると、本国から秘密裏に武器が持ち込まれている可能性は否定できないらしい。
“PHALANX”は日本にも支部を置いているが、ほぼ唯一の例外を除けば、社屋は市街にではなく在日米軍の基地内に設置されている。スタッフも米国国籍の者が多く、日本人は渉外役や事務員として採用された者がほとんどのようだ。
そのため、軍役のない観測者が“PHALANX”と接触する可能性は非常に低く、虚構侵蝕の影響で要人を護衛しなければならなくなったときに、初めて目にするくらいなものだろう。
ただ、観測者が退役軍人や諜報に関わるような軍役経歴者ならば話は別だ。特に観測者と認識されているなら、“PHALANX”に在籍している元上司や友人は何かにつけて観測者に連絡を取ってくるだろう。場合によっては、情報と引き換えになんらかの依頼をされることもあるかもしれない。
また、武装についても“PHALANX”と観測者の縁は切れない。現代日本で刀剣や銃器を手に入れるのは、非常に困難を伴う。もちろん、自衛隊や警察は法の定めるところで装備しているし、免許を得ることで合法的に所持することも可能だが、虚構侵蝕に備えて、常に持ち歩けるものではない。
一方、虚構侵蝕に関わるうち、虚構の残滓である武器を、意図せず手にいれてしまった者もいたことだろう。隠すのか、捨てるのか。どちらを選ぶにせよ、銃刀法がまだ“侵蝕”されていない現代日本において、取り扱いが難しいのは事実だ。
そんなときに役立つのが、前述した、ほぼ唯一の例外、日本橋の小さな雑居ビルに拠点をおく"ファランクス総合商社"である。ファランクス総合商社は、そうした意図せず手元に残った廃棄物(武器)の回収請負を、分かる人間には分かるような書き方で、VER-THに記しているらしい。逆に、武器を貸し出しされたという噂もあるが、そちらに関しては直接問い合わせてみるしかないだろう。
詳しい人間には今さら説明するまでもないが、民間軍事会社(PMC)は軍隊ではない。
軍隊であれば、所属する兵士の装備は基本、軍から支給されるが、PMCで荒事に関わる傭兵たちは、会社からの支度金によって自ら装備を整える。つまり統一感がなく、標準装備というものがほぼないのだ。
もっといえば、紛争地帯の任務で、正規の軍人と間違われて攻撃されないよう、あえて軍人らしい格好をしないという理由もある。さらには軍事行動に近い任務であっても、軍人以外は迷彩服を着てはいけない国や地域があるため、自然と私服に近い格好になっていくわけだ。それは武器にしても同様で、傭兵たちはそれぞれ使い慣れた銃で参戦するのである。
とはいえ、ドレスや着物で参加したら、それはそれで目立って仕方ない。私服に近い装備とはいえ、ある程度はメジャー装備というのが存在するからだ。
例えば、頭部はミリタリーカラーのタクティカルキャップに無線やヘッドセットを装着した姿。カジュアルなキャップやニット帽でもよいだろう。中東に派遣されるときの定番アイテムはアラビアスカーフだ。
ウェアは前述の理由から迷彩服がアウト。代わりに意外と迷彩効果があるといわれるチェック柄のネルシャツやロングTシャツを愛用している者が多い。冬場はそれに防寒性能のよいパーカーやウィンドブレーカーを羽織るだけだ。下半身はニーパッド内蔵のコンバットパンツが主流。だが、着慣れ感を優先し、ジーンズやチノパンで代用する者もいる。
防具はプレートキャリアになるだろう。これも正規の軍人がボディアーマーを着用することが多いからである。そうなると銃も軍が使用していないものを使うことになるのだが、実はここには大きな縛りがない。むしろ銃に付けるアクセサリーやカスタマイズを制限しないことで、正規の軍人ではないというアピールにしているようだ。
なお、これらは紛争地域や危険地帯の話であり、施設警備などの任務などでは、また別になる。示威行為のために見た目を統一したい場合もあるだろうし、任務によっては会社から装備を支給することもある。
VER-THの台頭により、虚構侵蝕の発生が可視化された昨今、映画監督や製作スタジオは観測者たちの注目を集める存在となった。
言うまでもなく、彼らの撮る新作映画が、次に自分たちが巻き込まれる虚構世界になるのではと思えば、新作発表を無視できないというわけだ。
そんな数ある実写映画の製作スタジオの中でも特に注目を集めているのが、世界的に有名なアルカイックスタジオ・ハリウッド(以下、ASH)である。ASHは、数々の賞とヒット映画を製作した巨匠、スティーブン・クロサワが率いる米国のエンターテインメント企業であり、実写映画の製作会社である。
前身は映画、テレビドラマ、ミュージック、アニメーションなどを総合的に製作する巨大エンターテインメント企業が買収された際に放逐されたクロサワ監督を、その才能に惚れ込んだ3社のプロデューサーがすくい上げて作った独自色の強い製作会社だった。当時の、さすがのクロサワもここから這いあがるのは難しいだろうという風評もなんのその、製作会社は設立と同時に大手配給会社との5年間の配給契約を締結し、同社の映画は世界中で配給、流通されることになったのである。その後、2000年から2015年にかけて大ヒットを連発し、買収された巨大エンターテインメント企業を再買収する形で、再スタート。現在のASHへと社名を変更した。ASHはもはや国内外に敵なしの、押しも押されもせぬ映画製作会社となっている。
また、クロサワ自身もジャンルを問わず、どんな映画でも撮影する映画監督としてふたたび注目を集めている。脚本さえ面白ければ、得意分野であるアクション映画に限らず挑戦し、それも大ヒットさせて世界中のファンを唸らせるため、クロサワの勇退がない限り映画業界の世代交代が進まないと嘆く識者もいるようだ。
なお、VER-THの映画掲示板では、クロサワが無名時代に撮影したらしい稀少な映像を探し当て、界隈でのみ盛り上がるというムーブメントが起こっている。もし、誰も知らない映画を元にした虚構侵蝕が発生したときは、こうした掲示板からヒントを得られることがあるかもしれない。
VER-THでは無名時代のクロサワが関わったとされる映画の“再発見”がたびたび行なわれている。ここでは、その一部を紹介しよう。
2020年、新型ウィルスの爆発的な感染拡大を受け、世界各国の製薬会社は、ワクチンの開発競争に入っていた。欧米、中東、豪州、アジアなどの大手製薬会社、さらにさまざまなバイオベンチャーや生物医学先端研究開発局が手を上げ、ワクチンの開発研究、臨床実験、認可、量産に向けて切磋琢磨していたことは記憶にも新しい。
そんな中、国民への接種に先行したのが英国だということは知っているだろうか。各国がワクチンの認可に慎重な姿勢を見せる中、2019年のEU(ヨーロッパ連合)離脱により、緊急事態における医薬品を迅速に認可できた英国は、国内の大手製薬会社“シェリー製薬”の支援もあり、他国に先駆けてワクチンの量産を行なっていたのだ。
そもそも当初の“シェリー製薬”は、英国首相の立ち上げた「ワクチン・タスクフォース」の末席に加わった製薬会社のひとつに過ぎなかった。しかし、研究開発部門にフランク・グリーディー博士をシニアスタッフサイエンティストとしてを招き入れたときから、“シェリー製薬”は大きく躍進することになったのである。グリーディー博士の暗躍で、英国政府との結びつきを強めた“シェリー製薬”は、やがて国内第一位のシェアを得るまでになっていった。グリーディー博士は、温和な雰囲気に似合わぬ天才的な頭脳によって、まず社内の研究開発部門を掌握。部下たちに効果的なロビー活動を進めさせ、英国政府に接近させると、一時、感染を完全に抑え込むことに成功したのである。もっともこの封じ込めは、2021年後半には反動を受けるように失速。莫大な数の感染者を生むことになる。しかしながら感染拡大で切羽詰まった英国政府は、もはや“シェリー製薬”しか頼るものはなく、延々と資金を援助することになった。
結果だけ見れば、グリーディー博士は機に乗じたやり手なのだろう。ただ、VER-THにおいては、彼についての不穏な書き込みが数多く残されているようだ。
曰く、マッドサイエンティスト。
曰く、秘密の実験施設で人体実験を行なっている。
曰く、ゾンビウイルスを作り、怪物を生み出している。
曰く、ロンドンを地獄絵図に変えた。
もちろん“シェリー製薬”はこれらの風評を妄言と切り捨てている。しかし虚構侵蝕という人々の記憶に残らない現象が起きる世界において、それが本当に妄言かどうかは、意見の分かれるところだ。
ちなみに、観測されている中で最も古い悪行は、1980年代に起こった飛行機事故だと言われている。乗客乗員130余名を乗せた飛行機のエンジンが離陸滑走直後に爆発し、その後の火災と有毒ガスで多数の死傷者を出したという悲惨な事故だ。この被害が虚構侵蝕による博士の最初の悪行ということらしい。
当時31歳だったグリーティー博士は、すでに虚構侵蝕には関わっていたが、この事件から明確に観測者との敵対が発覚。虚構侵蝕の中で新たな虚構核を作るという実験を成功させ、ふたつの虚構世界を混ぜ合わせて変質させると、生み出された怪人たちを虚構世界に解き放ったそうである。
最終的に、事件は多大な被害を出しつつも収束。別の形で現実に被害として現れる結果となった。しかもこのときに生まれた怪人たちは完全に消滅したわけではないようだ。
1992年のウィンザー城火災、2010年の大寒波、2013年の熱波、2017年の地下鉄爆発テロ。そうした出来事の裏で、怪人たちが博士と一緒にいるところがたびたび目撃されているらしい。